日本市場への進出を目指すグローバル企業にとって、日本でのシニア人材採用は大きな課題の一つです。
特に、カントリーマネージャーや事業開発責任者など、日本事業の立ち上げを担う人材の採用では、通常のエグゼクティブ採用とは異なるアプローチが求められます。求人を公開し、候補者を集め、選考を経てオファーを出す。一般的な採用プロセスを想定していても、数週間経っても有力な候補者に出会えず、候補者を絞り込めないまま、採用活動が数カ月に及ぶケースもあります。
これは、採用プロセスそのものに問題があるとは限りません。日本のシニア人材市場には、米国や欧州とは異なる市場構造や意思決定プロセスがあります。こうした市場特性を十分に理解しないまま採用を進めると、候補者へのアプローチから選考、オファーに至るまで、想定以上に時間を要する可能性があります。
なかでも、日本市場で最初に採用する人材は、その後の事業展開や組織づくりを左右する重要な存在です。だからこそ、採用に着手する段階で市場の特徴を把握し、求める人材像や報酬水準、選考プロセス、社内の意思決定体制まであらかじめ整えておくことが重要です。
本記事では、日本のシニア人材市場を取り巻く構造的な特徴を整理し、グローバル企業が日本でのエグゼクティブ採用を成功させるために押さえておきたいポイントを解説します。
日本のシニア人材市場が抱える構造的な課題
日本のシニア人材市場を理解するうえで、まず押さえておきたいのが、転職活動を積極的に行っていない「パッシブ人材」の多さです。
日本の失業率はここ数年、2.4~2.6%の水準で推移しています(OECD、日本統計局)。また、日本では長期勤続や社内昇進を重視する企業文化が長く根付いてきたことから、シニア人材の多くは求人サイトへの登録やプロフィールの更新を行わず、現在のポジションでキャリアを築いています。そのため、企業からのスカウトに応じるケースも限られます。
LinkedInの利用率も、日本では労働人口の約6%にとどまる一方、米国では約60%に達しています(LinkedIn公式統計、2024年)。ディレクター以上のシニア人材にLinkedInを通じてスカウトを送っても、返信率は数パーセント程度と低く、欧米市場の15~25%と比べて大きな差があります。
加えて、日本では労働人口の減少により、人材の確保が難しくなっています。2026年1月時点の生産年齢人口(15~64歳)は約7,350万人で、10年以上にわたって緩やかな減少が続いています。日本銀行の2025年第4四半期の全国企業短期経済観測調査(日銀短観)でも、企業の人手の過不足を示す雇用人員判断DIがマイナス35となり、30年ぶりの深刻な人手不足を示しました。
2024年には、求職者100人に対して125件の求人があるなど、企業の人材確保は厳しい状況が続いています(厚生労働省)。こうした状況は、シニア人材、なかでもバイリンガルのエグゼクティブ層でより強く表れています。
そのため、日本市場への参入を目指す企業には、求人を出して応募を待つだけではなく、転職市場に顕在化していない人材にも目を向けた採用戦略が求められます。日本特有の人材市場の構造を理解したうえで、求める人材へのアプローチ方法を設計することが、シニア人材の採用を成功させるうえで重要となります。
こうした人材市場の特徴が、日本市場への参入や事業展開にどのような影響を及ぼすのかについては、「海外企業が日本進出するには?日本のエグゼクティブサーチ会社によるまとめガイド2026」もあわせてご覧ください。
日本でのエグゼクティブ採用で押さえるべき4つのポイント
1. バイリンガルのエグゼクティブ人材は希少
日本でシニア人材を採用する際の大きな課題は、専門的なスキルを持つ人材が少ないことではありません。特定の職務領域における専門性に加え、ビジネスレベルの英語力、そしてグローバル企業の組織環境での実務経験、この3つを兼ね備えた人材は限られています。特に、テクノロジー、製薬、医療機器、金融、法務・コンプライアンスなどの分野では、こうした人材の獲得競争が続いています。
さらに、優秀なバイリンガルのシニア人材の多くは、すでに安定したポジションでキャリアを築いており、自身の市場価値も十分に認識しています。そのため、ポジションの魅力や提示条件が十分でなかったり、企業側の意思決定に時間がかかる場合には、転職への関心を失ってしまう可能性があります。
エイペックス株式会社のアソシエイト・ディレクターであるジェイフィズ・ワーズィーは、こうした候補者へのアプローチについて次のように説明しています。
「焦らず、時間をかけて取り組むことが大切です。数週間で理想的な人材が見つかるとは考えないほうがよいでしょう。そして、適任者と出会えたときには、現在の安定した環境を離れてでも転職する価値があると感じてもらえるよう、転職先で得られる機会や魅力を明確に伝えることが重要です。」
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ジェイフェス・ワーズィー
エイペックス株式会社 アソシエイトディレクター
外資系医療機器企業におけるマーケティング領域のリーダーシップポジションの採用を専門とするリクルーター
医療機器チームのアソシエイトディレクター兼チームマネージャーとして、プロダクトマネージャー、マーケティングマネージャー、マーケティングディレクター、バイスプレジデントなど、外資系医療機器企業における幅広いポジションの採用を担当。
企業が求める人材を的確に見極める粘り強いサーチを強みとし、最適な人材とのマッチングを通じて採用成功を支援している。
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2. エグゼクティブ採用における報酬水準の変化
日本では近年、賃金水準が上昇しており、2025年の賃上げ率は5.26%と、数十年ぶりの高水準となりました。エグゼクティブ層の報酬も高く、カントリーマネージャーやプレジデントクラスの総報酬は通常6,000万円程度から始まり、職務範囲や業界によっては1億円を超えるケースもあります(Morgan McKinley Japan Salary Survey)。
さらに、企業が負担する雇用コストも考慮する必要があります。法定社会保険料などを含めると、雇用コストは基本給の130~145%に達します(AYP Group、2026年)。
こうした市場環境のなか、本国で設定している給与レンジをそのまま日本の採用に適用すると、候補者の期待する水準と合わず、優秀な人材を逃す可能性があります。人材獲得競争が激しい日本市場では、現地の報酬水準や雇用コストを踏まえて、競争力のある報酬を設計することが重要です。
3. 企業の信頼性と日本市場へのコミットメントが問われる
シニア人材の採用では、候補者はポジションの内容だけでなく、採用企業そのものについても慎重に見極めます。
企業が日本市場で長期的に事業を展開していくのか、親会社の組織再編が日本事業にどのような影響を及ぼすのかといった点も、候補者にとって重要な判断材料となります。
候補者はオファー提示の段階ではなく、選考の早い段階から企業の安定性や経営陣、日本市場に対する姿勢などを見極めています。企業側には、日本市場での事業方針や組織の安定性を明確に伝え、候補者の関心を維持することが求められます。
4. 日本の雇用関連法規への理解と対応が求められる
日本で従業員を採用する際には、雇用契約、労働時間、時間外労働、社会保険への加入など、雇用に関する法規制に沿って適切に対応する必要があります。労働基準法をはじめとする関連法規には、雇用条件や労働時間などについて具体的なルールが定められています。
また、日本では雇用開始時点から解雇に関する保護が適用され、その水準は多くの欧米市場と比べても厳格です。
特にリーダー人材の採用では、日本の雇用法規への理解が不足していると、入社後に法務・コンプライアンス上の問題が生じる可能性があります。そのため、日本で初めて人材を採用する企業は、採用前に必要な法的要件を確認し、適切に対応できる体制を整えておくことが重要です。
日本での採用では、雇用法規だけでなく、日本特有の人材市場や採用手法への理解も欠かせません。特にリーダー人材の採用では、転職市場に積極的に出ていない候補者との接点をどのように築くかが重要になります。日本のリーダー人材採用においてダイレクトソーシングが機能しにくい理由については、「日本で経営層採用にダイレクトソーシングが機能しにくい理由とは?エグゼクティブ採用の戦略を解説」もあわせてご覧ください。
日本市場への参入で求められる人材とは
外国企業が日本市場に参入する際、最初に採用するポジションとして多いのは、カントリーマネージャーや事業開発責任者、あるいはその中間に位置する役割です。
ただし、日本事業の立ち上げに必要なすべての役割を、一人の人材に担わせることが必ずしも最適とは限りません。求める役割を広げすぎると、どの業務にも十分な時間やリソースを割けなくなる可能性があるためです。
そのため、肩書きや職務内容以上に重要なのが、いわゆる「カルチャーブリッジ」としての能力です。これは単に日本語と英語を話せることではなく、グローバル本社の意図や方針を日本のパートナーや顧客に適切に伝えると同時に、日本市場の実情を本社の経営陣に正しく伝え、双方の理解をつなぐ力を指します。
バイリンガルであることと、カルチャーブリッジとして機能できることは同義ではありません。異なる文化やビジネス環境を理解し、双方の意図や市場の実情を相手に伝わる形で伝えられる人材は限られています。日本市場で事業を立ち上げ、その後の成長につなげるうえで、こうした能力は重要な要素となります。
自社採用とリテインドサーチの違い
多くのグローバル企業は、日本での採用を社内の採用チームや求人サイトの活用から始めます。専門職やミドルレベルのポジションであれば、こうした方法が有効なケースもあります。
一方、シニア人材、特に日本市場で事業を立ち上げる人材の採用では、ダイレクトソーシングで見つかる人材と、事業の立ち上げに必要な経験や能力を持つ人材が必ずしも一致するとは限りません。そのため、こうしたポジションでは、通常の採用手法とは異なるアプローチが必要となります。
具体的には、カントリーマネージャー以上のポジションでは、リテインド型のエグゼクティブサーチが有力な選択肢となります。サーチファームは案件に専任で取り組み、転職を積極的に考えていないシニア人材とも継続的に関係を築いています。こうした候補者に転職を検討してもらうには、ポジションを紹介するだけでなく、信頼関係を築いたうえで企業やポジションの魅力を伝えることが重要です。
エイペックスのデータでは、同等レベルのシニアポジションにおける後任採用で、オファー承諾から採用完了までの期間は20~52日となっています。これは、日本市場における一般的な採用期間と比較しても、迅速な採用を実現していることを示しています。
エグゼクティブサーチの種類や、それぞれが適しているケースについては、「「エグゼクティブサーチ」の種類とそのメリットを徹底解説!」もあわせてご覧ください。
日本の採用期間を海外市場と比較
日本でエグゼクティブを採用する際は、候補者の選定・選考に加え、社内の意思決定や退職・引き継ぎにかかる時間も考慮して、採用スケジュールを組むことが重要です。

Sources: Apex K.K. internal recruitment data, 2024–2026; WifiTalents Japan Recruiting Industry Data, 2026.
複数回にわたる面接
日本でシニア人材を採用する場合、直属の上司、地域の事業責任者、HR、経営陣や取締役会など、複数の関係者が選考に関与するのが一般的です。
通常、4~6回程度の面接が行われます。これは候補者を多角的に評価するとともに、採用に関わる関係者の認識をそろえ、合意を形成するプロセスでもあります。日本では、最終的な意思決定に先立って関係者間で認識を共有する「根回し」が重視される傾向があります。
社内承認・意思決定にかかる時間
給与レンジや採用枠、オファー条件などの承認に複数の関係者が関わると、採用プロセスが長引く可能性があります。
特にグローバル企業では、関係者が異なる国にいることで時差が生じ、承認や意思決定に時間がかかることもあります。採用開始前に必要な承認を得たうえで、オファーに関する意思決定を担う担当者を明確にしておくことが重要です。
退職・引き継ぎから入社までの期間
日本では、ディレクタークラス以上の人材の退職予告期間は、一般的に2~3カ月です。職種や役職によっては、退職の申し出から実際の退職まで、引き継ぎのために時間がかかる場合があります。
そのため、採用活動に4カ月かかった場合、採用開始から入社まで6~7カ月程度を要することもあります。採用計画では、選考だけでなく、社内承認や候補者の退職・引き継ぎにかかる期間も見込んでおくことが重要です。
エグゼクティブ人材の報酬水準
東京におけるエグゼクティブ人材の報酬水準は、役職や責任範囲によって大きく異なります。目安として、以下の水準が挙げられます。
ミドルレベル・スペシャリスト: 600万~1,000万円程度
シニアマネージャー/ディレクター: 1,500万~3,000万円程度
VP/ファンクションヘッド: 3,000万~6,000万円程度
カントリーマネージャー/プレジデント: 6,000万円程度~ (事業規模によっては1億円を大きく超えるケースもあります)
※出典:Morgan McKinley Japan Salary Survey、エイペックス社内データ(2024~2026年)
福利厚生には、法定の社会保険や通勤手当に加え、住宅手当などが含まれる場合もあります。加えて、リモートワークなどの働き方も、候補者が転職先を選ぶ際の重要な判断材料となります。2024年時点では、日本企業の31%がフルタイムの出社を求めており、26%が前年より出社を求める方針を強めています。(Staffing Industry Analysts、2025年)。
日本での採用を成功させるための4つのポイント
採用開始前に社内の意思統一を図る
日本での採用が長期化する要因は、市場側だけにあるとは限りません。給与や採用枠、オファー条件などの社内承認が、採用プロセスの遅延につながるケースもあります。
そのため、採用開始前に、給与の承認権限や面接に関わる関係者、オファーの承認プロセスを明確にしておくことが重要です。候補者が入社に向けて動き始めた段階で社内の意思決定に時間がかかると、その間に候補者を失う可能性があります。特に優秀なシニア人材は複数の企業からオファーを受けていることも多いため、迅速な意思決定が採用成功の鍵となります。
求める役割と成功の定義を明確にする
特に、最初に採用する人材には、入社後1年間で何を達成すべきかを明確にしておくことが重要です。「事業を成長させる」「チームを構築する」「関係性を築く」といった抽象的なミッションだけでは、役割や優先順位が曖昧になり、期待する成果につながりにくくなります。
役割が明確でないまま採用すると、入社後の業務が日本のビジネス環境で進めやすい方法に寄り、本社が期待する方向性との間にずれが生じる可能性があります。
そのため、採用前に役割と期待する成果を具体的に定義しておくことが重要です。
企業の魅力を候補者に伝える
シニア人材の採用では、ポジションの内容だけでなく、企業そのものも候補者から評価されます。候補者は選考を進める前から、企業の安定性や経営陣、日本市場での事業の方向性などを確認しています。そのため、候補者にアプローチする前に、企業について十分に理解し、これらの点を説明できる準備をしておくことが重要です。
こうした準備をしたうえで候補者にアプローチするサーチパートナーと、求人票の内容だけをもとに候補者を探す採用活動では、候補者への情報提供や信頼関係の構築に大きな違いが生まれます。
オンボーディングも採用戦略の一部として考える
採用した人材が本社から十分なサポートを受けられないと、早期離職につながる可能性があります。また、本社との連携が不十分だと、日本市場を優先した判断が増え、本社との認識にずれが生じることもあります。
特に日本市場への参入初期には、採用した人材が一人で事業開発や組織構築を担うケースも少なくありません。そのため、入社後も本社と定期的にコミュニケーションを取り、明確なレポーティングラインを設けることが重要です。
オンボーディングを単なる入社後のサポートではなく、日本市場で採用した人材が本社と方向性を共有し、成果を上げるための重要なプロセスとして捉えることが求められます。
日本市場でのシニア人材採用を成功させるために
日本でのエグゼクティブ採用が難しい背景には、日本特有の人材市場や採用プロセスがあります。
バイリンガルのエグゼクティブ人材は限られており、その多くが転職市場に積極的に出ていません。加えて、関係者間の合意形成を重視する意思決定プロセスや複数回の面接、企業側の社内承認なども、採用期間に影響します。
こうした市場環境を踏まえ、採用では必要な入社時期から逆算して早めに動くことが重要です。候補者にはポジションの内容だけでなく、日本市場でその企業に加わる意義や将来性を明確に伝える必要があります。また、採用開始前に役割や採用条件について社内の認識をそろえ、対象となる人材と関係を築いているサーチファームと連携することも有効です。
特に、日本市場で最初に採用する人材は、その後の事業展開や組織づくりを左右する重要な存在です。そのため、単に条件に合う人材を探すのではなく、自社の事業戦略と日本市場の特性を踏まえて、必要な人材像を採用前に明確にしておくことが求められます。
採用のミスマッチが生じると、再採用に時間とコストがかかるだけでなく、入社後の軌道修正にも負担が生じます。日本市場への進出を成功させるためにも、シニア人材の採用は早い段階から戦略的に進めることが重要です。
日本でエグゼクティブサーチを依頼する際のポイントについては、「日本におけるエグゼクティブサーチ」もあわせてご覧ください。
Apexコンサルタントとの採用戦略ミーティング
エイペックスは、日本で15年以上にわたりエグゼクティブサーチに携わり、製薬、医療機器、法務・コンプライアンス、テクノロジー、金融、人事など、幅広い領域でシニアエグゼクティブの採用を支援してきました。
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Sources
Statistics Bureau of Japan, Resident Register Population, January 2026
Ministry of Health, Labour and Welfare, Employment Referrals for General Workers, 2024 Annual Average
Bank of Japan, Short-Term Economic Survey of Enterprises in Japan (Tankan), Q4 2025 LinkedIn Official Statistics, 2024
WifiTalents, Japan Recruiting Industry Data Reports 2026, February 2026, Morgan McKinley Japan Salary Survey, 2024–2025
Staffing Industry Analysts Japan Survey, 2025
AYP Group Japan Hiring Guide, 2026
OECD / Japan Statistics Bureau, Unemployment Rate Data 2023–2024
Apex K.K. internal recruitment data, 2024–2026